気まま「犬」日記

ひゅーいの家族「犬」日記です 気ままに記します

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スティッチ

前々回の記事の続きになります。

10/4
ご飯は変わらず食べてくれているが、
前足の深部痛覚が弱くなって来ていると言われました。
脊髄軟化症の兆候でしょうか。
心に、嫌な感じにしこりが残ります。

10/5
朝、病院から電話があり、
「脊髄軟化症の兆候が出始めました。すぐに来て下さい」
と連絡を受ける。
お父さんとお母さんにそれを告げると、一緒に行く事になった。
お母さんはもう声をあげて泣いていた。
病院に着き、先生から説明を受け、スティッチに会う。
何日ぶりだろう。
スティッチはもう、前足の自由も奪われていた。
首も動かせないらしく、伏せの状態。
もう全身の自由がきかなくなっていた。
目には瞬膜が突出していた。
体温調節も出来なくなっていた。湯たんぽが体の周りを取り囲んでいた。
先生の説明は、今はまだ呼吸が出来ているが、
これから肺を膨らませる事も出来なくなる。
呼吸困難で死に至る。苦しむ。
安楽死の選択もある。どうしますか?
私はスティッチの傍に行った。
顔を近づけると、私の匂いを嗅いだ。
まだ、わかってる。私だってわかってる。
意識はハッキリしていると私は判断した。
安楽死の選択はまだ出来なかった。
病院の手術室にスティッチは居るため、
手術の予定が午後一番で入っていたので、
その時間は席を外さなければならないが、
病院が終わるまで居ても良いと言って頂けたので、
一度出直す事にした。

目やにが凄かったので、ウエットティッシュを買って、病院に向かった。
3時間程しか経っていないのに、スティッチの状態は急変していた。
もう肺が十分に膨らまなくなっていた。
よって、口を開けて、口から苦しそうに酸素を取り続けている。
脊髄の軟化が、急速に頸椎に近づいている。
もう、何が起こってもおかしくない。覚悟して下さいと言われる。
スティッチに近づく。
もうハッキリした反応は受け取れないが、それでも、
目のわずかな動きで、私は意識が死んでいないと思った。
だから安楽死は選択出来なかった。
買って来たウエットティッシュで顔を拭いてやる。
目やにが中まで物凄いたまっている。
見えにくくてかわいそうだと思い、少しずつ取ってやる。
だってまだ、目の反応があると、私は感じているから。
1時間以上だろうか。
スティッチの体を撫で、感覚は無くなっているが、手を握り、
顔を撫で、私のほっぺと、スティッチのほっぺをくっつける。
そしてまた、ウエットティッシュで顔を拭いてやる。
何度繰り返した頃だろう。
スティッチの目やにや、変色した鼻水を拭いてやっていた。
スティッチは前から顔を拭かれるのが嫌いで、
その時の「イヤイヤ~」という逃げるそぶりをしたかな?と感じた瞬間、
スティッチの息が突然、グッと詰まった。
私は大声で「先生!!」と叫んだ。
先生はすぐに飛んで来てくれた。
スティッチは呼吸困難になった。
息を吸い込む事が出来ず、もがき苦しんでいる。
口がまだ動いてる?!生きてる!!スティッチ!!と叫んだ。
あっと言う間にスティッチは動かなくなった。
もう呼吸はしていません。心臓はわずかに動いています。と言われる。
先生はずっとスティッチに聴診器をあてている。
心臓も痙攣状態になりました。午後4時40分です。と言われる。
スティッチは天使になりました。

病院で綺麗にしてもらって、お家に来た時と同じピンク色のリボンをしてもらって、帰って来ました。
私の布団に寝かせてやります。
お目目は閉じる事が出来ませんでした。
舌がちょろっと出ています。
まるで生きているみたいでした。
ねぇねぇ、ご飯だよ?って言ったら、飛び起きてもおかしく無い様な。
とってもカワイイお顔をしてました。
火葬車が来るまで、ずーっと抱いて、撫でて、添い寝をしてました。
お顔をずーっと見てました。
沢山話しかけました。
でも、何にも言ってくれません。
目も開いてるのに。コッチ見てくれてるのに。どうして何にも言ってくれないの??
スティッチ、スティッチ、ねぇねぇ。
私を置いて行かないで。一人にしないでよ。

午後11時、火葬車が来ました。
火葬車のお兄さんが、スティッチにって、手作りの小さな数珠をくれました。
私は、スティッチの右手にはめてやりました。可愛かった。
お持たせに、おもちゃを一つ、抱きかかえる様に持たせてやりました。
最後のお別れです。
くるんでいたペットシーツや、バスタオルを外すと、腐敗が始まっていたのか、
汚れがついていました。
間に合って良かったと思いました。
1時間程火葬にかかりました。煙がお台場の方に向かっていて、
遊びに行きたかったのかなー?なんて思いました。
火葬が終わり、骨を骨壺に拾って納めました。
骨壺を抱かせてもらいました。良かったと思いました。
ちゃんとしてあげれて、良かったと、少し力が抜けました。

10/6
かかりつけの病院から、お花が届きました。
スティッチの大好きな院長先生からです。
スティッチは昔からお花を食べちゃうのが好きでした。
だからこのお花も、全部食べちゃったかな??



ここから下の追記は、写真になります。
スティッチが天使になってからの写真です。
とっても良い顔をしてますが、
苦手な方は見ない様に注意して下さい。
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  1. 2010/10/07(木) 00:58:09|
  2. 未分類
  3. | コメント:6

ずっと一緒

Stitchが、2010年10月5日16時40分に天使になりました。
少ししたら、詳しい事をもう少し、ブログUPしようと思っています。
仲良くしてくれた皆さん、心配してくれた皆さん、本当に本当にありがとうございました。

スティッチ、大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き。
もうずっとそばにいてね。
もうずっとそばにいるよ。
  1. 2010/10/06(水) 03:50:09|
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  3. | コメント:2

椎間板ヘルニア、脊髄軟化症

スティッチに大きな異変が起こりました。


9/28
病院でシャンプーとトリミングをしました。
預ける前は元気だったのですが、お迎えの時点で元気がありませんでした。
下半身が震えていました。
家に帰って来てからも、いつもは私の布団で寝るのに、
この日は自分のハウスで寝ました。
ずっと震えていました。
下痢をしていたので、風邪かな?くらいにしか思っていませんでした。

9/29
震えと下痢が止まらないので、朝一に病院に行きました。
脱水症状緩和のため点滴と、下痢止めの注射をしました。
下痢止めの注射は後ろ足にする筋肉注射(?)なので、
1日痛がってビッコ引くかもしれないと言われました。
午後になっても震えは止まらず、痛いのか(?)鳴き、元気もありません。
歩き方は生まれたての子鹿の様になって来ました。
歩いてもすぐに止まってお座りしてしまいます。
注射のせいだと思いましたが、心配で病院に念のため電話をしました。
すると、注射でそこまでなる事は無い。ヘルニアの疑いがあるので、
すぐに病院に来て欲しいと言われました。
すぐに病院へ向かいました。
検査とレントゲンの結果、ヘルニアの疑いはあるが、MRIをとらないと確定出来ないと言われました。
脊髄軟化症の説明も受けました。
すぐにMRIの予約を取るか打診されましたが、全身麻酔のリスクと、48時間後の状態で判断しても遅くはないとの説明を受け、先生と相談し、納得の上で明後日の来院を約束し、痛み止めの注射を打ってもらい、絶対安静の約束の上帰宅しました。
しかしその晩、もうスティッチの下半身はみるみる動かなくなって行きました。
痛いのか、私の目を見て訴える様に声を絞り出し、泣き続けます。
立つ事はもう出来なく、座っているのも辛い様でした。
抱きかかえる様にしていると、便を漏らしました。
息が荒くなって行きます。
限界を感じた私は、夜間救急病院に電話をしました。
電話越しにスティッチの荒い息づかいを聞いた先生は、それだけで深刻な状態である事を察知しました。
しかし、もう夕方痛み止めの注射を打っている事。おそらく24時間効く注射のはずですが、それも効かない程の症状である事。よって救急病院に来ても、スティッチの体を楽にしてあげる処置は出来ないが、膀胱に尿が貯まっている可能性がある。その苦しさを取り除いてあげる事は出来る。それと、私にヘルニアの詳しい説明をする事が出来る。と提案して頂けました。私は藁をもすがる思いで、救急病院に向かいました。
そこで改めてスティッチを検査して頂きました。
先生から出た言葉は、信じたくない言葉だらけでした。

おそらく95%椎間板ヘルニアである。
椎間板ヘルニアのグレード4~5
後ろ足の深部痛覚は、片側は反応無し。もう片方はわずかに反応がある程度でした。
尿は自力で出せません。出して頂きました。
グレード5になってから48時間以内に処置をしないと、間に合わない可能性がある。
椎間板ヘルニアのグレード5の5~10%に脊髄軟化症を発症する可能性がある。
脊髄軟化症には治療法が無い。死を待つのみ。

翌朝にはかかりつけの病院に連絡を取り、すぐにMRIの予約を取る事。
それを頭に入れて帰りました。

帰っても私もスティッチも眠る事は出来ませんでした。
なんとかクッションで体の周りを囲み、楽な姿勢を探します。
便は垂れ流し状態です。
申し訳無さそうに私を見るスティッチに、
「いいよいいよ、大丈夫だよ。いっぱい出しちゃいなね」と朝まで優しく声をかけ続けました。

9/30
私が電話するより先に、かかりつけの病院から電話がありました。
救急病院とは提携しているので、すぐに状態を把握して下さいました。
ヘルニアの進行が思ったより早すぎるので、外科専門の病院を紹介して下さいました。すぐに向かいました。
そこでも、検査とレントゲン。この時点で後ろ両足の深部痛覚は無くなっていました。
この時点でグレード5になった事が決定的になります。
椎間板ヘルニアの場所を特定するため、すぐにMRIを撮って来て欲しいと言われました。
近くの施設は定休だったため、千葉の施設まで行きました。
そこでMRIとCT。終わったのは夜7時を過ぎていました。
恐れていた全身麻酔も問題なく、少し喉にダメージを負った程度で、帰宅出来ました。
翌日の朝一で病院に行き、手術をする予定を取り付けました。
この晩のスティッチの痛がりようは半端じゃありませんでした。
私を見て震えながら、息を荒くし、訴える様に泣き続けます。
助けて欲しいんだと確信しました。でも何も出来ない。
自分が変わってあげれたらと何度も思いました。
変わって自分が死んでも構わないと思いました。
自分の無力さに愕然としました。
相変わらず便は垂れ流しです。血も混じり出しました。
膀胱の辺りを抑えたら、尿が垂れ流し状態で出ました。
早く、早く朝になって欲しいと思い続けました。
早く早く早く早く早く早く。「48時間以内。」間に合うのか?

10/1
朝約束の時間に病院に向かいました。
先生達は待っていてくれて、手術の説明を受けました。
手術をしてもグレード5の場合20%程度の仔しか成功しない。
脊髄軟化症の可能性がある。=死。
手術をしても、下半身麻痺、完全介護の可能性がある。
希望は薄いが手術をするか?
手術代の用意は可能か?最低でも全部で45万以上かかると言われました。
私は「命だけは助けて下さい」とお願いしました。その一言を言う事だけで精一杯でした。

手術が成功したと連絡があり、病院に向かいました。
椎間板ヘルニアの手術は成功したが、脊髄軟化症の可能性がある。
1週間が山。
脊髄軟化症であれば1週間以内に死ぬであろう。
1週間生き存えれば、脊髄軟化症の可能性を振り切った事になる。
手術後のスティッチに一瞬だけ会えました。
私に気づいてしまったので、絶対安静のためすぐにバイバイでした。
興奮しない様、面会謝絶です。
1週間、毎日電話をして、状態を聞く事になりました。

10/2
食欲が無かったスティッチが、ご飯を食べた様です。
まだ脊髄軟化症の可能性は拭いきれません。

10/3
ご飯はちゃんと食べれている様です。
気になるのが、頭を振る様になったそうです。
脳に障害が出ている可能性が出て来ました。
まだ脊髄軟化症の可能性は拭いきれません。


と、ここまでが昨日までの状態です。
ザーッと書いたので、乱文お許し下さい。

私は、椎間板ヘルニアを甘く見ていました。
ただの腰痛、持病程度にしか思っていませんでした。
自分の無知さに頭にきます。
椎間板ヘルニア、脊髄軟化症は、どの犬にも起こりうる病気です。
しかも、スティッチの様に急に、急速に症状が進んでしまう事もあります。
この場合は時間勝負です。
「死」も頭に入れなくてはならない病気です。
そして病院代も沢山かかります。うちは全部で100万近くかかっています。
これからもっとかかる可能性もあります。
少しでもこの私の経験が、人の役に立てれば嬉しいです。
スティッチの状態は追ってまた報告します。

椎間板ヘルニア、脊髄軟化症(リンク)
http://www.camic.jp/feature9.html
http://www.hara-dvm.com/setubi_hernia.html
http://www.yamaguchi-pc.com/ivdd.html(※ページの最後に手術画像有り)
  1. 2010/10/04(月) 03:34:49|
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  3. | コメント:7
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